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高松高等裁判所 昭和30年(ネ)60号 判決

控訴人 内山製糸株式会社

被控訴人 浅野幸三

主文

原判決中被控訴人勝訴部分を次の通り変更する。

控訴会社は被控訴人に対し金九万八千二百五十五円及びこれに対する昭和二十九年一月一日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分しその一を被控訴人の、その二を控訴会社の各負担とする。

本判決は被控訴人勝訴部分に限り被控訴人において金三万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴会社敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴はこれを棄却する。控訴費用は控訴会社の負担とする。」との判決を求めた。当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において、仮に本件土地の地代が統制解除(昭和二十五年七月十一日)と同時に地代家賃統制令(昭和二十一年勅令第四百四十三号)施行前における約定地代である玄米五石または玄米四石の米価換算額に復帰しないものとしても、昭和二十六年度分地代につき控訴会社との間に協定した坪当り一ケ年金六十五円の地代は比隣の土地の地代に比較して低廉に失するから、昭和二十七年十二月二十日控訴会社に対し昭和二十七年度分以降の地代を一ケ年金十一万五千五百円(玄米五石の同年度における米価換算額)に増額請求する旨の意思表示をなし(請求書持参)、更に昭和二十九年八月本件地代につき大洲簡易裁判所に対し調停の申立をなし、昭和二十八年度分以降の地代を一ケ年金十三万五千七百十円(玄米五石の同年度における米価換算額)に増額請求する旨の意思表示をしたものである。と陳述し、控訴代理人において、(一)本件土地の地代については昭和二十六年度分につき坪当り金六十五円の約定が成立し、その後地代額につき当事者間において格別約定が成立していないから、昭和二十七年度及び昭和二十八年度の地代についても被控訴人は控訴会社に対し右坪当り金六十五円を超える金額を請求することはできない。(二)昭和二十七年十二月二十日被控訴人より控訴会社に対し地代増額請求のあつたことはこれを認めるも、本件土地の地代として坪当り一ケ年金六十五円は昭和二十七、八年当時においてなお相当であるから、右地代増額請求は失当である。(三)また被控訴人が昭和二十七年十二月二十日なした右地代増額請求は昭和二十七年度分即ち昭和二十六年十二月二十一日より昭和二十七年十二月二十日迄の地代についての増額請求であり、将来に向つての増額請求ではないから、借地法第十二条の規定に基く増額請求とは見られない。と述べた外原判決事実摘示と同一であるからこゝにこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

原判決添付目録記載の土地(合計九百八十二坪五合五勺、以下本件土地と称する)は元訴外株式会社内子銀行の所有であり、同銀行が昭和九年九月十二日訴外有限責任内山生糸共同施設組合に対し本件土地を賃料一反歩当り一ケ年玄米四石(但し毎年内子町水利組合の決定する米価に換算して金納する)、その支払期日を毎年十二月二十日(後払)、賃貸期間を昭和九年十一月一日より向う十ケ年と定めて賃貸したこと、その後昭和十六年に被控訴人は前記内子銀行より本件土地を買受けてその所有権を取得し、同年十一月二十五日右賃貸借契約の賃貸人たる地位を承継したこと、翌昭和十七年前記施設組合は内山合同製糸場と改組したので、同年五月一日被控訴人と右内山合同製糸場との間に前記条件と同一の条件で賃貸借契約を結んだこと、昭和十九年十月三十日本件土地の賃貸借期間は一応満了したが、同年十一月一日右賃貸借契約を更新したこと、その後前記内山合同製糸場は日本蚕糸製造株式会社に、同会社は更に控訴会社に夫々改組されたが、その都度被控訴人は右賃貸借契約の承継を承認したこと、昭和二十一年十月一日地代家賃統制令施行により本件土地の地代は昭和二十一年分及び昭和二十二年分は年額金四千九十五円と制限され、昭和二十三年分は年額金五千八百六十四円四十銭、昭和二十四年分は年額金六千四百四十六円と夫々改定され、控訴会社は被控訴人に対し右統制賃料を夫々支払つたこと、昭和二十五年度の地代については同年一月から七月迄の分は統制額月割計算により金四千二円、同年八月から十二月迄の分は米価換算額(反当り玄米五石の政府買上価格)により金三万七千七百三十五円として、控訴会社は被控訴人に対し合計金四万一千七百三十七円を支払つたこと(本件土地の地代については後記の如く昭和二十五年七月十一日以降統制解除)、昭和二十六年度の地代については内子町長高畑幹生の斡旋により当事者間において坪当り一ケ年金六十五円とする協定が成立し、控訴会社は被控訴人に対し右の割合により金六万三千八百九十五円を支払つたこと、昭和二十七年度分の地代については、被控訴人は一反当り玄米五石の米価換算額金十一万五千五百円(政府が生産者より買上げる米価を標準として計算したもの)を請求したが、控訴会社はこれを承諾せず、被控訴人に対し坪当り一ケ年金六十五円の割合により金六万四千五百四十五円を弁済提供し、被控訴人は異議を留めてこれを一部入金として受領したことはいずれも本件当事者間に争がない。

被控訴人は本訴において本件土地の地代につき昭和二十五年七月十一日統制が解除された以後は、地代は地代家賃統制令(昭和二十一年勅令第四百四十四号)施行前における約定地代即ち反当り一ケ年玄米五石の米価換算額に当然復帰することを前提として、昭和二十七年度分(但し昭和二十六年十二月二十一日より昭和二十七年十二月二十日迄の分)につき反当り玄米五石の米価換算額による前記金十一万五千五百円により既に支払を受けた金六万四千五百四十五円を控除した残額中金四万九千九百五十五円、昭和二十八年度分(但し昭和二十七年十二月二十一日より昭和二十八年十二月二十日迄の分)につき反当り玄米五石の米価換算額による金十三万五千七百十円、以上合計金十八万五千六百六十五円の支払を求め、仮に昭和十九年中に本件土地の地代を反当り玄米四石の米価換算額より玄米五石の米価換算額に値上したことが当時の地代家賃統制令に違反して無効であるとすれば、前記統制解除により本件土地の地代は反当り一ケ年玄米四石の米価換算額に復帰したこととなるから、昭和二十七年度分として反当り玄米四石の米価換算額による金九万二千六百八十円(同年度の石当り政府買上価格は金七千五百円であるが、その範囲内なる石当り七千円として計算したもの)より既に支払を受けた前記金六万四千五百四十五円を控除した残額金二万八千百三十五円、昭和二十八年度分として反当り玄米四石の米価換算額による金十万八千五百六十八円、以上合計金十三万六千七百三円の支払を求めるにつき考察する。

本件土地についての前記賃貸借は建物所有を目的とするものであること並に本件土地は控訴会社の工場、事務所、倉庫の用に供する建物の敷地であることは弁論の全趣旨に徴しこれを認めることができるから、本件土地の地代については昭和二十五年七月十一日政令第二二五号地代家賃統制令の一部を改正する政令の施行と同時に地代家賃統制令の適用がなくなつたものであること明らかであるところ(右改正後の地代家賃統制令第二十三条参照)、被控訴人主張の如く統制解除と共に本件土地につき地代家賃統制令(昭和二十一年勅分第四百四十三号)施行前約定されていた地代既ち反当り玄米五石または玄米四石の米価換算額が当然に復活するものと解すべき根拠はこれを見出し難く、地代につき統制が解除された場合には、当事者間において新に地代につき約定をなすか或は賃貸人において借地法第十一条の規定に基き地代の増額請求をなした場合は格別然らざる限り統制が解除になつた当時の地代(統制額の範囲内のもの)が引続き存続するものと解するを相当とする。従つて統制解除と共に本件土地の地代は反当り玄米五石または玄米四石の米価換算額に当然復活するとの被控訴人の主張並にこれを前提とする主張はすべて理由がない。

被控訴人は、仮に統制解除により本件土地の地代が反当り玄米五石の米価換算額に当然復帰しないとしても、控訴会社は統制解除後である昭和二十五年八月以降において反当り玄米五石の政府買上価格による換算額により本件土地の地代を支払つた事実があるから、控訴会社は昭和二十一年の地代家賃統制令施行前の約定地代に復することを承認したものであると主張し、控訴会社が被控訴人に対し統制解除後である昭和二十五年八月より同年十二月迄の地代を玄米五石の米価換算額で支払つたことは前記の通りであるけれども、昭和二十六年度の分については控訴会社と被控訴人との間において本件土地の地代を坪当り一ケ年金六十五円とする協定が成立したことも前記の如く当事者間に争ないところであり、昭和二十七年度以降の分につき控訴会社において本件土地の地代を米価換算額によることを承諾したことを認めるに足る証拠はないから(控訴会社は昭和二十七年度の分についても前記の如く坪当り一ケ年金六十五円の割合で支払つている)、少くとも昭和二十六年度以降の分については控訴会社において米価換算額によることを承諾していないこと明らかである。被控訴人の右主張は採用できない。

被控訴人は更に、仮に本件土地の地代が統制解除と共に反当り玄米五石または玄米四石の米価換算額に復帰しないとしても、被控訴人は昭和二十七年十二月二十日控訴会社に対し昭和二十七年度以降の分につき地代増額請求の意思表示をした結果本件土地の地代は反当り玄米五石の米価換算額に増額されたと主張し、控訴会社は右増額を争い、本件土地の地代は昭和二十六年度の地代として協定した坪当り一ケ年金六十五円が昭和二十七、八年度においてもなお相当であると主張するにつき以下審按する。被控訴人が昭和二十七年十二月二十日控訴会社に対し本件土地の地代を反当り玄米五石の米価換算額に増額を請求する旨の意思表示をしたことは控訴会社の認めるところである。而して当審における鑑定人西岡善平の鑑定の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば、本件土地の地代は昭和二十七年度においては坪当り一ケ年金八十円、昭和二十八年度においては坪当り一ケ年金百円を相当とすること、従つて当事者間において昭和二十六年度の地代として協定した坪当り一ケ年金六十五円は昭和二十七、八年度においては比隣の土地の地代に比較して低廉に失することを窺うことができ、成立に争のない乙第一乃至第四号証その他控訴会社の援用に係る全証拠によるも右認定を左右するに足らない。(尚前掲鑑定の結果によれば本件土地の地代を米価換算額を以てする場合は反当り三石三斗が相当であること並に愛媛県喜多郡内子町大字内子地方においては古くより地代を米価換算額で授受する慣習の存することを認めることができるけれども、本件各証拠によるも当事者間において昭和二十六年度以降の地代につき米価換算額を以てすることの合意が成立しているとは認められないから、米価換算額についての鑑定部分はこれを採用しない)。仍て進んで被控訴人が昭和二十七年十二月二十日なした地代増額請求の意思表示の効力につき検討するに、凡そ地代が比隣の土地の地代に比較して不相当に低廉となつたときは契約の条件に拘らず土地賃貸人は将来に向つて地代の増額を請求することがでさることは借地法第十二条の規定するところであり、土地賃貸人において地代増額請求権を行使した場合借地法第十二条所定の増額事由が存在する限り、従前の地代は客観的に相当な地代の額迄当然増額されることとなるが、その効果は増額請求をした時以後の地代についてのみ生じ、たとえ増額請求をした時以前の地代が不相当であつたとしても、増額請求の効果は既住に遡らないものと解するを相当とするから(この理は地代の支払が後払であり、増額請求をした時以前の地代がまだ支払われていない場合においても同様である)、本件土地の地代は被控訴人の前記増額請求によりその意思表示をした翌日である昭和二十七年十二月二十一日以降の分につき客観的に相当な地代の額に当然増額され、その額は前記認定に照し坪当り一ケ年金百円を相当とするものと認める。尚控訴会社は被控訴人が昭和二十七年十二月二十日なした右増額請求は昭和二十七年度分即ち昭和二十六年十二月二十一日より昭和二十七年十二月二十日迄の地代についての増額請求であり、将来に向つての増額請求ではないから借地法第十二条の規定に基く増額請求としての効力を有しないと主張するけれども、被控訴人のなした前記増額請求が昭和二十七年度の地代に関してのみであつて将来に向つての増額を全然含んでいないものと断定するに足る資料はないから、右増額請求は昭和二十七年度の分のみならず昭和二十七年十二月二十一日以後の分についての増額請求をも包含しているものと認めるのが相当であつて、控訴会社の右主張は採用できない。以上説示したとろにより被控訴人が控訴会社に対し地代増額請求をした昭和二十七年十二月二十日以前の地代については適法に増額されたものと認めることはできないけれども、同年十二月二十一日以降の分については本件土地の地代は坪当り一ケ年金百円に増額されたものと謂わなければならない。

被控訴人は尚、被控訴人は昭和二十九年八月大洲簡易裁判所に対し控訴会社を相手方として調停の申立をなし昭和二十八年度分以降の地代を金十三万五千七百十円に増額する旨の請求をしたと主張するけれども、さきに説示したように借地法第十二条の規定に基く増額請求は将来に向つてのみ効力を生じ、過去の地代につき一方的に増額を請求し得る法的根拠はないから、昭和二十九年中になした右増額請求は昭和二十八年度分の地代については何等影響を及ぼさないものと謂わなければならない。被控訴人の右主張は理由がない。

然らば控訴会社は被控訴人に対し本件土地(九百八十二坪五合五勺)につき昭和二十八年度分即ち昭和二十七年十二月二十一日より昭和二十八年十二月二十日迄の地代として坪当り一ケ年金百円の割合により金九万八千二百五十五円を支払う義務があるものと謂うべきであり、被控訴人の本訴請求中右金九万八千二百五十五円及びこれに対する地代支払期日後である昭和二十九年一月一日以降完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当としてこれを認容すべきも、その余の部分は失当としてこれを棄却すべきものと謂わなければならない。原判決は右の限度において変更を免れないから、民事訴訟法第三百八十六条第九十六条第九十二条第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

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